加耶國たちとの關係

加耶のいくつかの國は小國並立の時期を經て各地域單位の地域聯盟体を形成した。 各國ごとに結束の程度や若干の時期的ちがいはあったが、5世紀中葉を境として各 地域聯盟体は古代國家の直前段階まで發展した。このような發展過程の中で加耶 各國は状況によって一時的に聯合または聯盟を形成したこともあったが, 恒常的 な聯盟關係を維持することはなかった。したがって 加耶各國は基本的に國と國と の關係だったと見るこのができる。それらはすべて弁韓から出たという同一意識 程度はあったではろうが, それが政治的關係を左右するほどの程度ではなかった ようだ。

その間加耶諸國の間の關係を説明するおもな傾向は聯盟体的構造を成していたと 見る事があった。(これを聯盟体説という)それは主に加耶の社會發展段階を話す ときに使われてきた用語だった。しかし最近では加耶諸國間, または加耶個別國 の政治形態を指す用語として使用されている。前・後期(單一)加耶聯盟体や大加 耶聯盟体, 地域聯盟体等の用語は全部加耶の政治形態と關聯した用語である。 

しかし加耶史の前時期わたり聯盟体の段階にとどまっていたと見ることはできな い。そして聯盟とは「共同の目的を持った團体や組織また個人が同一の行動をす ることを聯合し盟約すること, またはその聯合体」と定議される。したがって社 會發達の程度が氏族社會, または小國(部族國家, 邑落國家)といっても相互間の 聯盟は可能であり, 古代國家同士もあるいは相互間の聯盟結成は可能である。そ して社會發達の程度においてちがいがある政治体同士も聯盟は可能であろう。そ れゆえ加耶史の??究において聯盟体の問題はこのような点を考え合わせた後, 接 近する必要がある。