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南齊との關係
『南齊書』58卷列伝39東南夷伝加羅國條には 悼チ羅國 三韓種也 建元元年 國王
荷知 使來獻 詔曰 景廣始登 遠夷恰化 加羅王荷知 款關海外 奉贄東避 可授輔國
將軍本國王狽ニいう記事が出ている。この文は次のように解釋される。「加羅國
は三韓の宗族である。 建元元年(479) 國王 荷知の使臣が来て貢物を捧げた。詔
書を下し、涛x量が大きい者がようやく登極したので遲い野蠻人が??化された。
加羅王荷知が海外から訪問し 東の遲方から幣帛捧けだ。 輔國將軍本國王を除授
することがよろしい.狽ニ言った」
われわれはこの記事を通して大加耶が479年に南齊に使臣を派遣し 装纎 將軍本國
王窒ニいう爵位を授與されたことがわかる。大加耶が遠く中國の南朝と通交した
ということである。これは大加耶が獨自の力で中國と交渉を持ったことを示して
いるが, これを通して当時大加耶の國際的位相がかなり強化さていたということ
がわかる。
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